DRINK ON EMPTY STMACH 003 - 6
2010年1月4日
究極の読書考
世界で唯一の幸福な読者
幸福な読書なのか? 神級の超絶職能なのか?
松本清張・専属速記者のものすごい話で、3杯目。
超人×超人
松本清張さんは、「流行作家」という点でもハンパではなく、考えられないような本数の連載を同時に抱えていました。41年間に700冊以上の小説とノンフィクションですから、単純計算で年に17冊以上になります。福岡さんが専属速記者であった頃は、10本以上の連載を抱えていたそうです。
エッセイ等ではなく、入り組んだ質の高い推理小説の連載を同時進行で10本以上! 福岡さんによれば、清張さんは記憶力も超人的だったそうですが、それでも時には混乱が起きた。大阪弁の人物が東京弁になったり、秘密を知らないはずの人物が、いつの間にか知っていることになったり……といったことが、やはり時にはあったそうです。
その種の間違いは、後で直すことはできるけれど、口述速記のその場で気付かないと、後での直しがとんでもない大直しになってしまう。下手をすると小説の大半を書き直さなければならない場合もでてきます。
そこで福岡さんは、自ら「閻魔帳」を作って10本以上の連載小説の様々な設定を全部メモ。その閻魔帳を見ながら速記をし、間違いはその場で直ちに指摘するという方法を取っていたそうです。
また、連載小説の場合、枚数・文字数の決まりがあります。速記文字は、ひとつの符号で何文字分かになる上に、普通の文字にした時の文字数が符号によって違います。
福岡さんから、
「頭の中で速記符号を普通の文字数に暗算で換算しながら速記していた」
「1行に20文字分の速記符号を書き、1ページに5行しか書かないようにして、速記帳4ページで原稿用紙1枚になるようにしていた」
……と聞いた時には、驚愕しました。
速記符号を文字の数に暗算で換算しながら速記するには、清張さんがどの文字を漢字で書き、どの文字は平仮名で書くのか、「松本清張の用字意識」も完全に熟知していなければなりません。
- 松本清張の用字意識の全把握。
- 速記符号を暗算で普通の文字数に換算しながら速記する。
- 10本以上の推理小説の細かい設定を書き込んだ閻魔帳を見ながら速記して、間違いは直ちに指摘。
そんなことをいっぺんにやってた !? そんなら清張さん同様、福岡さんも超人ではないか!
福岡さんは、そのような超人的作業をこなしながら、なおかつ、清張さんの口述を〔読者〕として楽しんでいたというのです。話はもう筆者が事前に想像していたような甘いレベルではなくなってしまった。〔世界で唯一の幸福な読者〕には違いないのですが、仰向けに寝っ転がって本を読み眠くなればそのまま寝てしまう筆者のような凡人の読書とは、まったく異次元の話です。
超人の、超人による、超人のための悦楽。
実態をゲティスバーグに例えるなら、私の事前の想像はせいぜいバーグスパゲティ……。そのくらい予想と事実は大きくズレていた。ただ福岡さんが〔特別な読者としての悦楽〕を強く肯定して下さったので、ゲティスバーグとカツ丼みたいなズレ方にはならずにすんだのでした。