DRINK ON EMPTY STMACH 003 - 1
2010年1月4日
究極の読書考
世界で唯一の幸福な読者
幸福な読書なのか? 神級の超絶職能なのか?
松本清張・専属速記者のものすごい話で、3杯目。
〔世界で唯一の幸福な読者〕の存在を知り、どうしても会いたいと思った
2002年に他界された速記士の福岡隆さんは、「松本清張の影武者」として知る人ぞ知る存在でした。(松本清張ファンや速記関係の皆さんの間ではムチャクチャ有名…と書くほうがより正確かもしれません)
お会いする機会を得たのは1995年2月のこと。当時、福岡氏は、日本速記士会顧問を務めておられました。
福岡氏の速記士としての経歴は当然ながら多岐にわたるのですが、昭和34年から43年まで、松本清張・専属の速記者として膨大な作品を口述速記されており、その量たるや、9年間に400字詰め原稿用紙で7万枚!単行本にして80冊!
筆者は昭和37年生まれなので、福岡氏が松本清張・専属の速記者として現役であった頃のことはリアルタイムでは知る由もなく、1995年にようやく「松本清張の影武者」の存在を知るに至ったのですが、その時こんなことを考えました。
〔速記はしなければならないにせよ、まだ誰も読んだことのない新作の推理小説を、松本清張さん本人が喋って聞かせてくれて、それを毎日聞きに行くのが仕事とは……。なんちゅう羨ましい仕事だ!〕
一度お会いして話を聞かせてもらえないものかと思い、当時担当していたラジオ番組のゲストに「松本清張の影武者」をお招きするという企画を書いて通し、晴れて氏のご自宅へ話を伺いに参上つかまつったのでありました。
巨星・自らの口立てで毎日毎日新しい小説を聞かせてもらった9年間は、こちらが想像した以上の悦楽であったことが、福岡氏の全身からビンビンに伝わってまいります。例えば「国会で議事録を速記するのと、松本清張さんに小説を聞かせてもらって速記するのとでは、えらい違いである」……ということを、それはそれは楽しそうに語って下さるのであります。
なにしろ松本清張の新作に世界でいちばん最初に接する唯一の読者なのです。まだ発売されていない本どころではなく、まだ原稿用紙に書かれてもいない新作。清張さんの頭の中にしか存在ない、もしくは清張さんの頭の中にすらまだ確たる形では存在しない、新作中の新作を、世界でただ一人独占する至福。