DRINK ON EMPTY STMACH  003 - 5

2010年1月4日

究極の読書考
世界で唯一の幸福な読者

 幸福な読書なのか? 神級の超絶職能なのか?
 松本清張・専属速記者のものすごい話で、3杯目。

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さらなる幸福 & 一人孤独な執筆との違い


 口述速記という方法は、作家が一人孤独に小説を執筆するのとも、一人でテープレコーダーに吹き込むのとも、状況が違います。福岡隆さんと松本清張氏の場合は、清張さんが壁に向かって推理小説を口述する傍らに福岡さんがいて速記していくわけですから、内容が面白いかどうかで福岡さんのリアクションがある。

hon4_sunano.jpg 福岡さんが面白そうにしている時は、やはり清張さんも嬉しそうな顔になる。

 今日の口述速記はもう終わりという時に、面白くて先のストーリーが知りたくなった福岡さんが、つい「この後はどうなるんですか?」と聞くと、清張さんは明らかに嬉しそうな顔をして、「それは次回のお楽しみ」なんて言う。

 「面白い」を連発すると、「じゃあ今日はもう少しやろう」と言って、残業して続きを聞かせてくれることもあったのだとか。うっ、羨ましい……。

 しかし、巨星・松本清張と言えどもやはり人間、あんまり面白くない時もあった。そういう時、福岡さんは、「面白くない」とはっきり言うようにしていたのだそうです。

 言われた清張さんは、どうしたか。別の部屋に行ってしまい、なかなか帰って来ない。ストーリーを練っている。だいぶたってから、得意げな顔で帰って来て、「これでどうだ」と、練り直したストーリーを語り出す。

 〔仕事〕という観点から言えば、「面白くない」とはっきり言うのは非常に重要なことですから、誰よりも清張さん自身が重く受け止めていたと思いますが、しかし巨星に対して「面白くない」と面と向かって言うのはそうとうな胆力が必要だったことでしょう。

 反面、〔世界で唯一の幸せな読者〕という観点から言えば、「面白くない」とはっきり言うことで、もっと面白い話を聞かせてもらえるのですから、胆力と引き替えのスリリングな幸福(ハードパンチャーにカウンターを打ち込むような?)もあったのではなかろうか。

 一方、清張さんのほうも、傍らに福岡さんがいるという、孤独な執筆とは異なる口述速記の利点を、積極的に活用していたそうです。

 推理小説の場合、「謎解き」の面白さや意外さは大切な要素ですが、そういう部分でも、清張さんは福岡さんのリアクションを積極的に取り込んだ。

 福岡さんによれば、

「松本さんは私を読者代表のように扱い、『犯人は誰だと思う?』と、よく聞いた」

「こちらも松本さんのパターンは仕事がら熟知しているので、それに照らし合わせて怪しいと思う人物の名を言う」

「すると松本さんは、何にも言わずにただニタッと笑って口述を続ける」

「結果はいつも、私の予想の裏をかいたものだった」


 まだ書かれてもいない新作中の新作を、超一流のミステリー作家自らに語り聞かせてもらいながら、途中で作家本人に「犯人は誰だと思う?」なんて聞かれて、答える。で、続きが始まると、必ず当たらない。

 そんな羨ましい仕事がこの世にあっていいのでしょうか。(よい!)

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