DRINK ON EMPTY STMACH  003 - 2

2010年1月4日

究極の読書考
世界で唯一の幸福な読者

 幸福な読書なのか? 神級の超絶職能なのか?
 松本清張・専属速記者のものすごい話で、3杯目。

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最初の仕事は至福どころか、命が赤字?の実ミステリー


 ただし、影武者としてのいちばん最初の仕事の時は、幸せよりも恐怖や危険を感じたそうです。小説ではなく、ノンフィクションの速記で、しかも非常に物議を醸した作品だったからです。
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 その最初の仕事とは、文芸春秋に清張さんが連載した「日本の黒い霧」の速記で、昭和34年のこと。松本清張氏は、その1年ぐらい前から「書痙(しょけい)」という作家の職業病にかかり、長時間ペンを動かすことができなくなっていたため、当時フリーの速記者であった福岡さんに文藝春秋から依頼があった…といういきさつだったそうです。

 「日本の黒い霧」の仕事であることを、福岡さんは当初知らされていなかったそうです。「暗部を暴く」タイプの連載は、取材に妨害が入らないよう、実際に誌面に載るまでの準備を秘密裏に進めるため、具体的に何をやるかを教えてくれないまま依頼を受けて、で、仕事にとりかかってみたら、「日本の黒い霧」。のっけから「下山事件」がテーマで、いきなり「下山総裁謀殺論」を速記する羽目になった……。

 「下山事件」は日本がまだGHQの占領下にあった昭和27年、下山国鉄総裁が怪死した大事件で、他殺か自殺か世論が沸騰。それから7年たった昭和34年まだ結論は出ていない中で、松本清張氏は膨大な資料から事件を推理・検討し、下山総裁の死は他殺だと断定。しかも犯人はCIAに何らかの関係がある人物だと結論づけたのが、「日本の黒い霧」の第一回。

 当時としては非常に勇気のいる発言・記事で、福岡氏は速記しながら恐ろしくなってゾ〜ッとし、「先生、こんな思い切ったこと書いて大丈夫ですか?下山総裁の二の舞になるんじゃ・・?」と、つい心配して質問してしまった。清張さんは、「あるいはそうなるかもしれないが、こういうものを手がける以上、危険や脅迫はつきもの。信ずるところをやるだけだ。」と答えたそうです。

 福岡さんの清張さんとの最初の仕事は、ある意味『究極のミステリー』だった。日本の歴史の暗部である現実の怪事件・大事件を、自らに危険が及ぶのも覚悟の上で取り上げて、世に問うたのですから。

 この仕事をきっかけに、福岡氏は松本清張・専属の速記者として小説の速記を手がけるようになるのです。

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